2018年1月20日、九州大学先導的学術研究拠点 浅海底フロンティア研究センターが主催するシンポジウム 「最先端の地形図づくりとその活用 〜沿岸域の科学的理解と利用に向けて〜」が開催された。浅い海を舞台とする様々な話 題 提 供がなされたが、その中で一 貫して強 調されたのは“ 地形図を作ることの重要性”だ。
身近で重要だが未知の海域
「深さ百数十 m 以浅の浅海域は、その重要性に比し て詳細な調査が進んでいない」。シンポジウム冒頭で 浅海底フロンティア研究センター長の菅浩伸教授は話 した。特に我が国においては、人口やインフラの多く は沿岸域に集中している。またレジャーや観光の場と して利用されるのも基本的には海の浅い部分になる。 一方で、2000 年代にマルチビーム測深機が汎用化さ れたことで海底の地形調査は非常に効率化したもの の、大型船への搭載が中心だったために浅海域の調査 が進められてこなかったのだ。
菅氏は小型船にマルチビーム測深機を搭載し、琉球 列島の7つの離島周辺海域の調査プロジェクトを主導 してきた。例えば石垣島西部にある名蔵湾は、氷期に陸となり、石灰岩などの岩石が地下水系によって溶解、 浸食されたカルスト地形を形成していた。それが現在 では水没し、日本最大級の沈水カルスト地形を形成し ている。この詳細な地形図を作りサンゴの分布を調査 してみると、非常に多様かつ多数のサンゴ群集が存在 しており、研究者や地元の観光協会も気づいていな かった環境的価値があることが明らかになったという。
浅い海にも新たな発見がある
詳細な地形図は、文字通り地図としての役目も果た す。航路への利用はもちろんだが、新たな観光に役立 てようという取り組みが、同じ石垣島の屋良部沖海底 遺跡で行われている。この地には17〜19 世紀のもの とされる四爪鉄錨や沖縄本島産陶器壺が沈んでいることが2010年に発見され、これまで考古学的な調査が 進められてきた。これを、現地ダイビングサービス事 業者に遺跡の場所、そして周辺地形と合わせて「なぜ ここに沈んだのか」という仮説を地形図をもとに共有 し、国内初の水中遺跡ミュージアムとして整備しよう とする計画が進められている。
さらに久米島では、約7km に渡る砂州が続くハテ ノハマ周辺の海底地形図を活用して、日豪の共同研究 が進められている。研究エリア西側ではサンゴ礁が発 達している一方、東側は発達が顕著でなく、外洋から の波浪が入りやすい。 3 次元流向流速計を設置して平常時と台風時の海水の流動を測定したところ、サン ゴ礁があると台風時に波の減衰率が高く、高い防波堤 効果を発揮することが明らかとなった。さらになぜ 海域の東西でサンゴ礁の発達度に差が生まれたのか など、生態学や水理学、古環境学、堆積学等の視点か らの学際研究を行う題材を提供している。
地形図を手に、研究を統合しよう
極浅海域は船舶での調査が難しいゆえに、地形図作 成が難しい場所でもある。それに対して現在、水を透 過しやすい緑色のレーザーを使用した航空機からの測 深や、衛星画像と実際に計測した水深データを用いた 機械学習による水深推定手法も開発が始まっている。 航空機からの測深は船舶と比較して 1000倍以上の時 間効率を誇り、衛星画像からの推定は精度が低いもの の船舶や航空機を使う場合の 1/50 〜 1/100 というコ ストメリットがある。船舶が入りづらい海域や、発展 途上国の沿岸部など海図が不十分な場所における地形 図作成に力を発揮する手法といえる。
180年前、ダーウィンはビーグル号の旅からの帰還 後にサンゴ礁の研究を進めた。彼はインド洋に浮かぶ ココス諸島の環礁の観察と、他者が行った多数のサンゴ礁調査記録、そしてそれらの地球上での分布を合わ せて考察し、環礁の発達に地形の沈降が重要であるこ とを突き止めたという。既存の情報を地図の上に統合 することで、大きな発見をした一例といえるだろう。 今後、世界の浅海域の地形図作りが進むことで、こ れまでに行われてきた生物・地質・水質等の研究の情 報が統合され、新しい発見が成されるかもしれない。 さらに座礁事故の予防、波浪災害の予測、計画的な漁 労活動、環境保全への提言など多様な新しい知恵が生 まれてくるはずだ。(文・西山 哲史)
記事掲載:研究応援 vol.09 P16-P17